キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

黒澤明

黒澤明「一番美しく」(1944)時代制約の中で懸命に生きる可愛い女性達、美しい精神を体現する死者達。

2024/08/13

黒澤明「一番美しく」は、戦局激しい1944年に発表されている。前年には、初監督作品「姿三四郎」によって好評を得た黒澤明が、時代の制約の中で撮ったこの映画は、制約の中にありながらも、普遍的な人間を映しており、非常に面白く拝見した。現在これを観るわたしたちは、このイメージの舞台に焼き付いている俳優たちが、既に死者となっている時代を生きている。この作品に限る訳ではないが、死者たちが生きて動く映像を眺めるとき、強い感慨に打たれる。わたしたちが観ているのは死者たちなのだ。この映画は特にそのことをわたしに意識させた。映像という発明は、なんと驚くべきものだろう。そして映画とは、なんと壮大な芸術であろうか。黒澤明は、トルストイの「戦争と平和」や「平家物語」を映画とする野心を持っていたと聞く。黒澤明に「平家物語」でも「関ヶ原の戦い」でも、物部守屋と蘇我馬子の戦いでも、全てをこの映像というイメージ舞台に、焼きつけてほしかったと願う気持ちが、胸にひしひしと湧いてくる。人類は石に掘り、儀式を行い、書物に歴史を、人間の生き様を刻印し、語り継いできた。そのような人類に起きた出来事全てを、映画としてまさに現在するように描いたものが欲しい。わたしの生きている間にはそれは不可能であろうが、いつか文化芸術が美しく発展した世の中で、全ての人類史の出来事が、現在であるように刻印するような映画が、一同に集結した未来を夢想する。卓越した芸術家たちが、人間と世界を深く知り、その不思議に喜び、畏れる映画監督たちが、いつかそれを果たしてくれるものと希望する。その映画祭では、世界中の人類の出来事が、躍動する映像によって捉えられているだろう。

「一番美しく」と検閲

「一番美しく」は、検閲が激しかった時代に撮られている。黒澤は、この作品に限らず、何度も検閲によって苦い想いをしている。彼はこう言ったそうである。「つまらない人間がつまらないと判断するということは、面白いということだ」実際、検閲たちは時の権力を笠にして、つまらぬ理由で、映画の一部のカットや修正を要求した。そういう時代に「一番美しく」は撮られている。戦意高揚から外れることのない映画を撮らねばならないのだ。しかし、映画界のシェイクスピアと世界に評価された男が撮る映画は、そのような制限の中でも、うつくしい人間の姿を描く。映像も、翌年に撮られた「続三四郎」(1945)よりも、質が良い。

一番美しく

映画を超えて、黒澤明が撮った可愛い女性達

映画の祖筋は、工場の僚に寝泊まりする女子職員たちが、増産計画の中で、目標を達成しようと奮闘するというものである。彼女たちが携わっている部品は、飛行機の部品になっているものである。この映画の女優たちは、実際に化粧を落とし、工場の寮に泊まり込み、作業もしたと言う。このようにして、黒澤明は、虚飾を剥ぎ落した人間を描こうとしたのだと思う。女優っぽいのは困るし、嘘くさい演技なども好むところではないだろう。こうして限りなくリアルに映された彼女たちは、この上もなく可愛く、愛おしい女の子たちになっている。この映画がそうであるように、人間はその時代の制約の中で生きる。奴隷制度が当たり前の世の中では、それが当たり前として生きざるを得ない。それがいつか理想の力によって突破されるとしても、それまでは、その時代の制約の中で生きざるを得ない。しかし、それであってさえも、そういう制約の中にあってさえ、人は懸命に生きる。そこには、爽やかな風さえ感じられる。真剣に生きている想いがある。健気さがある。そうした清いものを、この映画は、女性達を通して描くことに成功している。美しい映画である。女性達のリーダー役の女優と黒澤明は結婚している。責任感があり、深い情を持つ女性を好演した彼女は素晴らしかった。寮母の女性も、凛として美しい。集団になった女性たちの戯れも見ごたえがある。それらが、戦時中に生きていた人によって撮られ、演じられ、その舞台も、戦時中の工場なのである。これだけでも、この映画の価値がわかるというものである。この列島の祖先たちがどのように生きていたのか、その時代とはどんなものであったのか、この映画は、それらを記録しており、今、まさに観るべき映画であり、よくぞ、こうした映画を撮ってくれたものだと感謝の念にたえない。現代に生きるわたしたちは、これらをわずかな費用でいつも観ることが出来る。頭が下がる想いが湧いてくる。冒頭、所長に扮する志村が訓示を拡声器に向かって熱弁する。このシーンだけでも、笑ってしまうような面白さがある。何度も映画内で歌われる元寇の歌は、日本人の誇りであったのだとまざまざと知る。東の果て、日本列島の東とは、海である。そのため、アジアの一番東で、文明が渡るまでに時間がかかると共に、独自の文明を発達させてきた日本。日の本とは、太陽が昇る東の地であるとの認識に他ならない。そうした日の本は、海のおかげで、外国の侵略から長く守られてきた。しかし、モンゴルが攻めてきたとき、形式と習慣に絡み取られていた日本人たちの血は騒ぎ、勇猛な侍たちが、これを撃退せしめたのである。これらは、長い間、日本人の誇りだったのであろう。第二次世界大戦中の日本人を思うと、様々なものが胸に去来する。良い悪いという判断を一切捨て去って、そのような時代を思う。滅私奉公する女性たちという風に見て、時代の風潮を断罪することは簡単であろう。しかし、そのような一面的な見方さえ手放すことが出来れば、生きる人間の真実が捉えられている素晴らしい映画だと思う。このような映画に向かう姿勢と態度の延長に、「七人の侍」があることをわたしは深く感じ取った。土についての詩が心に残って、この映画は再度観たいと思っている。

-黒澤明