キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

青木拓人

青木拓人とわたしと星と川と風と草木と光と夜と

2018/03/27

青木拓人。老若男女が新作を待つミュージシャンであり、詩人であり、それ以前に、人々にとって存在がプレゼントになる天使のような男でもある。わたしにとっては自慢の友人である。以前、わたしはある仕事で音楽に詳しい人に出会ったことがある。「青木拓人って知ってる?」「え、そんなの知ってますよ」「まじで、昨日、彼は家に来て、にんにくのから揚げを食べてビールを飲んで、朝まで居間で雑魚寝して帰ったよ」「うそでしょ?」「いやいや、うそじゃないよ」「またまたキクチさんうそついて」「うそじゃないっての!」

どうにも信じてもらえなかったのがおかしかったのだが、友人の活躍はうれしいものである。出会ったばかりの人と友人を接点に話が弾むなんて、楽しすぎるではないか。おもえば、十年ほど前、酔っぱらった二人はアスファルトに寝転んで、路上を眺めていた。夜のコンビニ前に立ち尽くし、語らい、夕陽のように燃える朝陽を何度も迎えた。川の土手に腰かけて、ビールを飲み、語り、ギターを弾き、歌った。更に前には、同じアルバイト先で、カップラーメンをすすり、休憩時間にサッカーボールを蹴った。人生というのは全く不思議で、面白いものだと思う。数年前にわたしが引っ越しをしたとき、引っ越し先に荷物は運び終えて、空っぽのアパートの方に、青木拓人を呼んで、何もない部屋で、二人でビールを飲み、寿司を食べたのを覚えている。様々な話題が交わされ、気付けば、身体を横たえて、いつの間にか、二人とも眠りの世界へと誘われる。そうして、眠りと覚醒の間で、寝ぼけた目を擦っていたとき、「マダムが店じまいを始めて、俺にシャワーをかけてくる」というような夢に半ば入り込んだ言葉を青木拓人が言い、二人はおかしくなって爆笑していた。そして、吹雪の中、震えながら自転車で帰ったのだった。その後、何度となくわたしのアパートでビールや日本酒やワインを飲んでは、正体不明になって、朝まで雑魚寝した。今年の八月には、四天王寺と一心寺をめぐり、短編小説「前田龍のはなし」の舞台となった通天閣周辺の店をはしごしてビールを飲んだ。

そういう二人が、数日前、いつもの川で19時に待ち合わせて、再び朝を迎えたのだった。静かに流れる川を前に、コンクリートで舗装された土手の一角に腰かけて、青木拓人が持参したステレオを鳴らし、ビールを飲んだ。川にかかる橋を電車が駆け抜けていく。土手下には草が茂った河川敷がある、マンションの灯りが川面を照らし、光の束が川を泳いでいるように見える。背後には、木々が立ち並び、少し先にはホームレスのおじさんが自転車を停めて休み、野球場とテニスコートのあたりからは、微かな人の声が聞こえる。幾人かが、犬の散歩やジョギングをして通り過ぎる。青木拓人が買ってきてくれた鴨のスモークを食べて、ビールを飲む。良い気分だった。こうしてサミットが開催され、わたしたちは、げらげら笑う。あるいは、しみじみと夜に融け込む。暑い日だったが、夜の風は涼しく、川は美しく、空は広い、こころが自由になり伸び伸びとする。夜はやさしい。本当に夜はやさしくわたしたちを包むのだった。何度かコンビニでビールを補充し、最後にスパークリングワインのようなものを買って飲んでいたのを覚えている。二人は、土手の頂上の舗装されたコンクリートに仰向けに寝転がる。一人寝るとちょうど埋まるような幅で、左に寝返りを打つと土手の斜面を転がり落ちてしまうのだが、そうやって眠るのが、当たり前であるかのように、そうしている。視界は一面、夜空で、星が輝いている。オリオン座の三星がきらめいている。首を左に傾けると、川面に反映した光の束が、晩年のゴッホの筆のように浮き上がって、てろてろと揺らめいている。涼しい風が身体を包み、草の香りがし、時々飛び跳ねる魚の音が聞こえる。そうして、どれくらい眠っただろうか、夢心地の時間が過ぎた。短い時間だったと思う。時間を超えた中にいたとも言える。半身を起こすと、青木拓人が、土手下に落ちそうな態勢になっていたので、声をかけた。彼は起き上がり、寒いと言った。珈琲でも買おうかと言うと、彼はコンビニとは逆方向にずんずん歩いて行ってしまう。「どこに行くの?」「コーヒー」「コンビニはこっちだよ」青木拓人が戻ってきた。「コーヒーはやめて帰ろう」忘れ物がないか点検して、自転車に乗る。青木拓人の自転車が、真っ直ぐに走らず、左右にふざけたような弧を描いて、「あぶない、あぶない」と二人は大笑いした。橋まであと少しのところで、「皆はどうしたの?」と青木拓人は言った。「みんなって誰?」「あれ?俺、五人くらいでいると思ってた。小説家のキクチさんとそうじゃないキクチさんとあと誰かがいた」二人は驚きに顔を見合わせ、またげらげら笑った。「夢だね、きっと」二人は、橋で別れて、斜面を自転車で、風を切って走っていく。ふと思うと、青木拓人とわたしと星と川と風と草木と光と夜と、皆でそこにいたのだった。それは美しい夜のサミットだった。彼の夢は真実を表現していた。午前四時前、風がやさしかった。

-青木拓人