キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

ショートストーリー(無料)

「スマイル」と「七人のガールフレンド」(2007)

2016/07/09

スマイル

スマイル

図書館で知り合った女と付き合うようになって三週間が過ぎていた。
彼女はファーストフード店で働いていて、休日は終日を図書館で過ごす。髪の長い、色白の女だ。

ある日、お昼まで図書館で居眠りをした後、近くの公園で弁当を食べながら野良猫に自分の嫌いな食べ物を分け与えていると、彼女が横にやってきて言った。「優しいんですね」
猫が可愛いとかなんとか私達は言い合ってから、二人でステーキハウスに行って牛の肉を食べた。約束はせずにその日は別れて、一週間後に図書館で再会した私達は猫や牛のことなんか目もくれずに彼女の家でビールを飲んで好きな本について語り、抱き合って寝た。

三週間経った今、ベッドの上で彼女が語ることはもっぱら接客スマイルについての話だ。接客スマイルだとばれてしまっているのに、接客スマイルをするのが辛いというような話で、彼女はココロからスマイルしたいけれど、なかなかそうはいかない日もあり、そのことを嘆いているのだった。
「君には接客は向いていないか、向いているにしても、スピードを要求されるファーストフード店には向いていないかもしれないね。店を変えたら?」と私は言う。「それか僕のように工場で働くのもいいと思うな。次々と流れてくる部品をただ眺めてたらいい。接客スマイルはなし。けっこういいもんだよ。僕は好きだ」
「私の気持ちなんて誰にもわからないのよ、きっと」と彼女は言った。
「気持ちより大切なものがある」と私は言った。
私は両手を開いて、彼女の左右の頬の上に置く。
「さあ笑ってごらん。接客スマイルでも、どっちでもいいよ。笑わなくてもいいよ。僕の顔を見て、笑いたくなるのをちょっと待ってみようよ。その間ずっと君の可愛い頬っぺたを僕の両手が包んでいる。嘘でもいいよ。笑ってみて。でも本当には笑わなくてもいいよ。笑ってもいい」
両手の下で、彼女のあたたかい頬っぺたが確かに動いて、てのひらに何かを伝え、またすぐに消えていく。
私達はお互いの服が破れるくらいに引っ張り脱がして、抱き合った。何度も交わった後、彼女は朝までベッドで泣き続けた。それから一週間が過ぎて、私達は別れることになった。
今でも、時々彼女の接客スマイルをこっそり私は見に行く。彼女には背の高い、イイ車に乗っている彼氏が出来て、図書館にはもう姿を見せない。

(2007)

 

七人のガールフレンド

七人の女と付き合うようになって、今日で三年になる。一人目は三十二歳。顔は面長で茶髪を肩まで伸ばしている。ミッチーと呼んでいる。いつも心配そうにわたしの瞳を覗き込むが、寡黙で社交は一切なし。本当に優しい女だが、優しい言葉を言ったりはしない。とにかく態度で感情を伝えてくる。アゴがしゃくれている、と少女時代の親友に言われたことをとても気にしている繊細な女だ。

二人目は二十八歳で、化粧をしない女だ。1人目の女に比べればアゴはもう少し細いが、長くはない。プラダの黒鞄を大事そうにいつも薄色のジーンズに合わせて、夏はティーシャツ。春秋にはその上にシャツをはおり、冬にはその上にコートを着る。シンプルな装いを好むが生い立ちについて言えば最も複雑で高校卒業後、一度も親に会っていない。話すことは哲学的な、社会生活の外についての話が多い。彼女にとっては社会で人付き合いをして金を勘定することは冗談のようなもので、どんな仕事も壮大な冗談でしかないといつも語る。そのくせ、わたしの知る誰よりも熱心に仕事に打ち込む。風俗で働き出して二年になる。

三人目はテレビに出ている女優のように人目を惹く三十六歳の美人だ。彼女の容姿を褒めることをわたしは禁じられている。二人目の女に比べると黒目がちで、一人目の女と比べるならば白目がちということになるだろうか。唇にグロスをつけて、性的な魅力を高めるような高価な服をいつも身につけているが、外見を褒めると激しく怒り出す。彼女はいつも男の性的な視線にさらされているために、内面について褒められるのを望む。だが、その場でもっとも視線を集める女でないと我慢ができないところがあって、扱いは難しいが、二人きりのときはやたらと従順で七人の中で一番尽くそうとする。

四人目は警察で働いている二十五歳の女で、もっとも感情的と言える。黒髪のショートへアに、ミニスカートがよく似合う。人の話はとにかく聴かないが、悪気はなく正直で本能のままという感じ。右のお尻の中央にほくろが二つある。お尻は七人の中で二番目に大きいが、声は一番大きくはっきりしている。キャッチボールを前提とするトークは長くても十五分しかできないが、一人で話したいことを話させるといつまでも話している。

五人目は二十二歳、会うたびに性格が変わったように感じる不思議な女だ。煙のようにふわふわして掴みどころがない。時々スカートを脱がした時に下着をはいていなかったり、レストランで待ち合わせた日に携帯の電源を切って姿を現さなかったり、誕生日プレゼントにあげた指輪をいきなり池に放り込んで大笑いしたり、全く予測不可能なところがある。

六人目の女は四人目の女と比べても腰がくびれていて、髪は腰まである。趣味はコスプレで漫画のキャラクターのような言葉遣いをする。顔は五人目の女の眉毛を一センチ下におろして、一人目の女の鼻よりも少し低い感じ。冷静さで言えば二人目の女に近く、服装も似ているが、一つ一つの服にそれなりのこだわりはあって頑固という気がする。一番セックスには情熱的だが、普段はつっぱっているような感じで不正直な言動が多い。三十歳になったばかりだ。

七人目は二人目の女に顔はとてもよく似ているが、髪形は三人目の女とまったく同じ。(それもそのはずで同じ美容室に通っている)身長は一番高く、男性的な視線でいけば最もセクシーな肉体をしているといえる。ただし肉体は誰にも許さない。彼女は後ろに誰かが立つのさえも耐えられない。六人目の女よりも若く見えるが、実際には最年長。他人の視線が怖くて、マスクなしでは電車に乗れない乙女座のAB型で、「くも」という詩集を自費出版している。

(2007)

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