見知らぬ老人との会話、大袈裟太郎との出会い
9月11日の夕方、中崎町ホールには、人々の行列が出来ていた。三宅洋平のライブを観ようと、憲法フェスなるお祭りに参加しようと、人々が集まっていた。ホール前の敷地は、行列で埋まり、300人ほどいるだろうか。ホールを覗くと、三宅洋平がギターを抱えて、リハーサルをしている。
わたしは、敷地の門外に立ち尽くしていた。空は、掴めない不思議なハタラキで、徐々に暗さを増していく。誰かが、人間には認識できないゆるさで、灯りのボリュームを少しずつひねっているかのようだ。敷地内のマルシェは、後片付けを始めている。三年番茶、麻の服、カレー、三宅商店、珈琲、色々が夕闇の中に姿を消していく。芝生では子供たちが寝転がり、ベンチに集まった老若男女が、何事か笑い合っている。
「よくも、こんなに人が集まるね」と見知らぬ白髪の老人が横に立って言った。
「ほんとですね」とわたしは言った。
「若い人もこんなに集まって、憲法に興味なんかあるのかね」
「どうでしょうね。これからなのかな」
「山本太郎というのは、そんなに人気があるのかな」
「彼だけではなく、ミュージシャンも来ているんです。芸術の力も大きいと思いますよ」
「そうなのか。まあ、いいことやな」と老人は言った。「ここの芝生は、わたしが管理しているんじゃ。ボランティアでのう」
「そうでしたか」
芝生を見ると、小さな女の子が、芝生を熱心に掴み抜いては、手の平から緑の雨を降らせて、笑っている。
「昔は、ここから、海が見えたんだよ。高い建物なんかなくてのう」
「10万人が亡くなった大阪大空襲ですね。焼野原だったんですよね」
「うん。大変やったぞ。ほんとうに、生きていくのが大変やった」
「食べるものがないですものね」
「朝鮮から帰ってきた者たちは、とくに大変じゃった。これからは、君らの番やな。わしらはもう長くないからなあ」
闇が深くなり、ホールの灯りが目につくようになった。
「そうですね」とわたしは言った。暗闇の中で、野原が燃えていた。目に見えない方の野原が焼けていた。
「頑張ってな」老人は、敷地を眺めながら、ゆっくり歩き去って行った。
ホールの中に人々が入場し、ライブが始まった。三宅洋平が「ジプシーソング」を歌うと、女の子たちが、歓喜して踊り始める。麻の服にすっぴんの顔、長い黒髪を無造作になびかせている。長身の女が、周囲のマンションに音が漏れると約束違反になる、と見るからに焦った様子で、ホールと外を仕切る透明なドアを全て閉めた。
「昼間は、開けてたのに」と若い女が言った。
「お願いします。閉めてライブをする約束なんです!」と長身の女が言った。
わたしは、外からガラスドア越しに、ホールを眺めていた。座り込んだ群集の背中と頭が詰まったホールの前で、三宅洋平が歌っていた。少しあとで、ホールに向かって右を見ると、大袈裟太郎と二人の男が話していた。数時間前、ヨドバシカメラ前の街宣車のステージで、三宅洋平と共に大袈裟太郎が、民を代弁するスピーチをしていたのをわたしは思い出す。何か話しかけようかと思ったが、話が盛り上がっているようだったので一度やめた。しかし、次に見たときには、二人の男は姿を消して、大袈裟太郎が一人で煙草を吸っていたので、わたしは彼の方に歩み出た。
「今日のスピーチかっこよかったです」とわたしは言った。
彼が、こちらを向いた。わたしは何も考えずに話し続けた。
「まるで、黒澤明の、七人の侍の、三船敏郎が、農民の気持ちを代弁するシーンを観ているかのようでした」
大袈裟太郎は、それを聞くと、目頭を押さえて、膝が崩れ落ちた。
「昨日、フェイスブックに三船敏郎について書こうと思ってて」と彼は言った。泣いているようだった。「おれは、ずっと三宅洋平が三船敏郎だと思ってきて」
「そうだったんですか」とわたしは言った。
「それを言われるのが一番嬉しい」と彼は言い、涙を流し、顔を覆っている。手を差し出して、握手した。
「今日一番かっこよかったのは、あなたでした」
「フェイスブックで申請してください」と大袈裟太郎は言った。
「おおげさたろうって、漢字ですか」
「そうそう。あなたは」
わたしは名乗り、再び握手をした。
ホールの集まりに、潮時を認めると、わたしは夜の中に融け込み、街を歩いた。