キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

日本文化

見知らぬ老人との会話、大袈裟太郎との出会い

2016-09-11 17.54.35

9月11日の夕方、中崎町ホールには、人々の行列が出来ていた。三宅洋平のライブを観ようと、憲法フェスなるお祭りに参加しようと、人々が集まっていた。ホール前の敷地は、行列で埋まり、300人ほどいるだろうか。ホールを覗くと、三宅洋平がギターを抱えて、リハーサルをしている。

わたしは、敷地の門外に立ち尽くしていた。空は、掴めない不思議なハタラキで、徐々に暗さを増していく。誰かが、人間には認識できないゆるさで、灯りのボリュームを少しずつひねっているかのようだ。敷地内のマルシェは、後片付けを始めている。三年番茶、麻の服、カレー、三宅商店、珈琲、色々が夕闇の中に姿を消していく。芝生では子供たちが寝転がり、ベンチに集まった老若男女が、何事か笑い合っている。

「よくも、こんなに人が集まるね」と見知らぬ白髪の老人が横に立って言った。

「ほんとですね」とわたしは言った。

「若い人もこんなに集まって、憲法に興味なんかあるのかね」

「どうでしょうね。これからなのかな」

「山本太郎というのは、そんなに人気があるのかな」

「彼だけではなく、ミュージシャンも来ているんです。芸術の力も大きいと思いますよ」

「そうなのか。まあ、いいことやな」と老人は言った。「ここの芝生は、わたしが管理しているんじゃ。ボランティアでのう」

「そうでしたか」

芝生を見ると、小さな女の子が、芝生を熱心に掴み抜いては、手の平から緑の雨を降らせて、笑っている。

「昔は、ここから、海が見えたんだよ。高い建物なんかなくてのう」

「10万人が亡くなった大阪大空襲ですね。焼野原だったんですよね」

「うん。大変やったぞ。ほんとうに、生きていくのが大変やった」

「食べるものがないですものね」

「朝鮮から帰ってきた者たちは、とくに大変じゃった。これからは、君らの番やな。わしらはもう長くないからなあ」

闇が深くなり、ホールの灯りが目につくようになった。

「そうですね」とわたしは言った。暗闇の中で、野原が燃えていた。目に見えない方の野原が焼けていた。

「頑張ってな」老人は、敷地を眺めながら、ゆっくり歩き去って行った。

憲法フェス

ホールの中に人々が入場し、ライブが始まった。三宅洋平が「ジプシーソング」を歌うと、女の子たちが、歓喜して踊り始める。麻の服にすっぴんの顔、長い黒髪を無造作になびかせている。長身の女が、周囲のマンションに音が漏れると約束違反になる、と見るからに焦った様子で、ホールと外を仕切る透明なドアを全て閉めた。

「昼間は、開けてたのに」と若い女が言った。

「お願いします。閉めてライブをする約束なんです!」と長身の女が言った。

2016-09-11 19.12.44

わたしは、外からガラスドア越しに、ホールを眺めていた。座り込んだ群集の背中と頭が詰まったホールの前で、三宅洋平が歌っていた。少しあとで、ホールに向かって右を見ると、大袈裟太郎と二人の男が話していた。数時間前、ヨドバシカメラ前の街宣車のステージで、三宅洋平と共に大袈裟太郎が、民を代弁するスピーチをしていたのをわたしは思い出す。何か話しかけようかと思ったが、話が盛り上がっているようだったので一度やめた。しかし、次に見たときには、二人の男は姿を消して、大袈裟太郎が一人で煙草を吸っていたので、わたしは彼の方に歩み出た。

「今日のスピーチかっこよかったです」とわたしは言った。

彼が、こちらを向いた。わたしは何も考えずに話し続けた。

「まるで、黒澤明の、七人の侍の、三船敏郎が、農民の気持ちを代弁するシーンを観ているかのようでした」

大袈裟太郎は、それを聞くと、目頭を押さえて、膝が崩れ落ちた。

「昨日、フェイスブックに三船敏郎について書こうと思ってて」と彼は言った。泣いているようだった。「おれは、ずっと三宅洋平が三船敏郎だと思ってきて」

「そうだったんですか」とわたしは言った。

「それを言われるのが一番嬉しい」と彼は言い、涙を流し、顔を覆っている。手を差し出して、握手した。

「今日一番かっこよかったのは、あなたでした」

「フェイスブックで申請してください」と大袈裟太郎は言った。

「おおげさたろうって、漢字ですか」

「そうそう。あなたは」

わたしは名乗り、再び握手をした。

ホールの集まりに、潮時を認めると、わたしは夜の中に融け込み、街を歩いた。

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