キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

松本大洋

松本大洋「GOGOモンスター」(2000)

2016/07/09

松本大洋の「GOGOモンスター」を初めて読んだ2000年、私にはこの作品に分からないことが多くあったし、いくつかの点でフラストレーションを感じもした。だが2007年現在、私にとってこの作品は汲めども尽きぬ泉のような大切な作品の一つとなっている。1998年11月13日に起稿し、2000年9月10日に脱稿された、この「GOGOモンスター」を私は2007年2月26日、28日、3月2日の三日間で再読した。今度はひとつひとつの線を自分が描いているように味わいながら読んだ。ページが進まない。優れた小説か詩を読むときのようにページが進まない。ストーリーのための描写ではなく、描写がストーリーを牽引しているために、ちょうど一文一文が詩でありながら、しかも長編小説であるような奇蹟の作品として成立しているのだ。表現に携わる者が絶望感を覚えるような圧倒的な力量。雪のように真っ白な純粋を捨てる。捨てた後、世界の細胞の一つ一つに開かれていく描写。水。光。風に乗った自転車。

今この記事を書くために「GOGOモンスター」のどこを開いても、言いたいことがいくらでも浮かんでくる。絵はもちろん素敵だが、何よりも視点が尋常ではない。特にその点を挙げるならば、255ページから266、267ページがものすごい。あそこに飛行機のドアップが突然出てくるのがいい。松本大洋は深く作品にコミットしながらも、広い視野を維持している。そこが尋常ではないのだ。そして380ページを見れば、彼が空白に何を生み出しているのかはっきり理解できる。

「あんまりじっと見るからボクはじぶんがおじいさんかボクかわかんなくなってきて……」科学文明はわたしとあなたを分離することで発達してきた。そのために人は孤独を日常とし、現代社会を維持している。だが、未開人はしばしば太陽や自然、動物達と同一化する。そのような祭りも多くある。そこには疎外がなく、世界に繋がる豊穣がある。日本には、宮沢賢治が愛好したしし踊りやなまはげのようなお面をかぶって動物や化け物と同一化する踊りや祭りがある。同じようなシーンがこの作品に散見され、ひとつの祭りを松本大洋が創り、その名が、「GOGOモンスター」であることをわたしは知る。

深いところにいけばいくほど、人の表現は普遍に近づき、いにしえの原始的な祭りに近づいていく。382ページからの暗闇を見て、涙が止まらなかった。これほど深いところまで降りていける表現者はそうはいない。322ページ、「何処へ行くんですか?」「帰るに決まってる!!」「だから何処へ?」「何を言ってる?」「くるった下の世界へですか!?」「ユキ……」「あそこへは二度と帰りたくない……とても耐えられない」こういって闇の世界に上っていくユキが深部から世界に開かれていく描写。空から水玉のようなものが注ぐシーンには魂が震えたといっても大げさじゃない。若かりし頃読んだ時にはまったく感じ取れなかった作者の魂が今度は響いてきた。今ならば436ページの「帰ってきた」が私にも実感できる。花が開いていく、そして世界に開かれていく。ラストの風、風、風。「GOGOモンスター」について言いたいことが尽きない。こういうのが好きなのだ。

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