キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

デヴィッド・リンチ

デヴィッド・リンチ「ストレイト・ストーリー」(1999)

2016/07/09

デヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」は実話を基にしているのもあってストレートなストーリーで、73歳の老人が十年仲違いしていた兄が倒れたと知り、トラクターで兄に会いに行きます。車に乗れないし、腰も悪い老人が純真な気持ちで旅に出る訳ですね。デヴィッド・リンチをわたしが全面的に信頼しているせいもあるのだろうけど、二回ツタヤで借りて観て、二回とも号泣してしまいましたね。わたしはどうもネタバレというのが全く関係ない人種で、というか正確には、ネタがバレたくらいで面白くなくなる映画には全く興味がないのですね。一度の意外性とかではなく何度観ても、興味を惹かれるような作品が好きで、そういうのは稀であるので大事に何度も見返したり、読み返したりすることになるのですね。どうしてこんなに好きなのかというと、やはり丁寧な細部が、ただのストーリーを超えて、眼前に届く感じなのかな、と思うのですね。自然の映し方一つとっても本当にはっとさせられます。あれは何畑ですか?ああいう風に映されると本当にたまりませんね。BECKの「Lost Cause」にも似たシンプルなギターのアルペジオ、スローなトラクター上でウインナーを座席の下から取り出して食べるお爺さん。お爺さんが手を振って、それに答える人、答えずに無視したのに、結局お爺さんのたき火に助けられる若い女、初めのトラクターが壊れた時の老人仲間の様子、新しいトラクターを安く売ってくれるおじさんのへらず口「もっと賢い人だと思っていたよ、今まではね」でも、窓からお爺さんの後ろ姿を優しく見守っている。人の感情の映し方もコニクイ感じでいいですね。鉄橋を渡るときのお爺さんの視点、ただの網が本当にアートのように美しく撮られていますね。ああいう風な目でデヴィッド・リンチは外を見ているんでしょうね。頑固なお爺さんが財布を広げるシーンはよくあるシーンなのに、わたしは泣いてしまうんですね。あといくらかしかお金がない、と数えるというのはもうだめなんですね。自分に重なりすぎるのですね。老人同士がすぐに仲良くなるシーンもいいですね。長く生きている同士というのはああいう風な感覚でお互いを見合うのでしょうか。意地っていうのもいいですね。そしてお爺さんの目の綺麗なこと。この方はこの映画の翌年には亡くなったのではなかったでしょうか。トラクターが兄の家に着いて、生きていた兄は弟のトラクターを見ていいますね。「あれに乗っておれに会いにきたのか」ゆっくりなトラクターに乗って、わたしも旅をしていたのですね。そして星を見上げるのです、映画が終わった後にも。

 

 

-デヴィッド・リンチ