キクチ・ヒサシ

文化と芸術を言祝ぐ『コトバの塔』

梅原猛

梅原猛「聖徳太子」実在と虚構、世界を観るメガネの問題。事実とイメージを合わせた真実像、救世主元型の投影。

2016/08/07

梅原猛の「聖徳太子」は6年の歳月をかけて執筆された3500枚の著書である。ページ数にして1600枚ある。並々ならぬ、エネルギーが込められた、恐ろしく鋭い、包容力に満ちた書であった。古来から中国で歴史書を執筆するのは、その時代で最大の文学者であった。詩人が最も深く、鋭く、人間と世界を理解するからである。梅原猛は、それに値する天才だと思う。過去に書いた「隠された十字架」という著書に対する反省も得て、当時の自らの理解を超えて、先に進もうとする姿勢は、誠実である。人間心理に対する洞察、人間集団についての理解は高いレベルにあり、日本書紀、十七条憲法、三経義疏と、現存する資料を丁寧に読み込み、当時の内政、外交と照らし合わせ、全体的な理解を試みていく手腕は圧巻である、梅原学の独創的な見地は揚げ足を取りやすいものと思われるが、その理由の多くは、彼が優れていることに拠っていると思う。人は自らより優れている人間がいることを決して喜ばないと梅原は書く。それは、彼自身の実感であろうし、聖徳太子の虚構論が、何度も繰り返し現れる理由のひとつに思われる。思えば、独学でエジソンやアインシュタインが出てきたとき、そこには、賞賛と共に、嫉妬と揶揄が降り注いだものと思われる。正規のアカデミー、権威とはかけ離れた所から、彼らが生じてくる。専門家や権威を自負していたものたちの面目は丸潰れである。真実よりも、自らの生活や地位を重視する人間が多いのはやむを得ず、それに打ち克てる者がどれほどいるだろうか。生活体験から、わたしたちにも想像できるし、理解出来るものである。しかし、何度も繰り返しているのは、そのように外から新しいものがやってくるという歴史的事実である。よく考えてみれば、枠の中に入ったものには、枠の外が見えなくなる。枠の中にいることがわからなくなってくる。枠の中には、圧力がある。その人間関係、その政治の中にあっては、新しいことは常に危険となるだろう。長いものに巻かれている方が地位も生活も安泰であろう。これによって創造性は、窒息し、慣習的形式的になる。水は流れていくのが自然である。滞った水は腐敗するのである。一人の芸人、北野武が映画を撮ったとき、そこに新しいものがもたらされ、黒澤明が高く評価し、世界が高く評価したのであった。フロイトが出てきたとき、彼を支持することは危険なことであった。ユングは、意気投合し、彼と道を共にする。新しい血が精神分析学にもたらされる。やがてユングは、フロイトと決別し、新しい道を行く。裏切者との罵声、人間感情の葛藤、団体間の仲違い、そのようなものを超えて、ユング分析心理学が成り、現在では世界中に影響を与えている。科学は、何度も真実を変更、更新してきている。わたしたちが現状で妥当だと思っているものも、あくまで仮説であり、それはいつでも覆される可能性を持っている。わたしたちは世界ではなく、世界を見るメガネの話をしているのだから、メガネが新しくなれば世界の見え方は変わってくるのだ。しかし、世界とメガネを同一視している者は、自らが枠の中にいることに気付いていない、メガネをかけていることに気付いていない、と言えるだろう。聖徳太子自体は、変わっていない。世界は変わっていない。しかし、わたしたちのかけるメガネによって、それは種々の様相を見せる。ここに、虚構説や誹謗説が繰り返し現れてくる。それをわたしたちは、主観と呼ぶだろう。妥当性が高く優れた主観は、特に見識と呼ばれるだろう。そのメガネは、驚くほど微細なものを視て取り、世界観に変化をもたらす。人はこう言う。「世界が変わった」と。悩みを解決したとき、苦渋の日々に光が射したとき、新しい認識を得たとき、見える世界は変化し、更新される。しかし、世界は変わらずにずっと待っていた。当人の世界観が変わったのである。メガネが変わったのである。芸術、信仰、学問によって、わたしたちは、メガネを借りる。それは、資格や専門家や団体を生むこともあるだろう。現時点で妥当な普遍的真実として取り上げられるものもあるだろう。しかし、それは誰かの創ったメガネには他ならないだろう。時に、資格や専門家がばかばかしいのは、例えばフロイトの精神分析というメガネは、フロイトが創ったものであり、資格を取るとは、そのメガネをかける、ということであり、しかし本家と同じ人格を備えない以上、それは借り物なのである。それを忘れたとき、人は不遜になり、ばかばかしいことが際限なく起こるのだと思われる。近代の合理主義というメガネは、聖徳太子の伝承を疑い、文献の矛盾を声高に責め、イメージを非論理的なものとして退けた。合理思考は、物事の矛盾を嫌う。その思考の枠の中では、生きた人間の心理が捉えられない。非合理に思われるイメージや神話の深い意味が捉えられない。これが、聖徳太子が虚構である、と述べる者のメガネであると思う。あるいは、お金を稼ぐために、そういう風に言う必要もあるのだと思う。また、学会内での争いにも端を発しているのであろう。厩戸皇子は存在したが、「聖徳太子」は虚構である、という言い方には、凡人史観で、天才を視ることの無理解があり、神話やイメージが、人間にとって大きな意味を持つことへの視点が欠落していることによるとわたしは思う。物語、神話、イメージは、一見して非合理に見えて、荒唐無稽に見えるだろう。しかしながら、まるで夢のようなその形式こそ、人類の生得的な、本能のコトバであり、古代の方が、その叡智に対して信頼を置いている時代であり、それは自然に生じたのだと思う。神話学や夢分析の叡智からいけば、荒唐無稽のようなイメージに、真実を視ることが出来るだろう。わずか1400年前に、四天王寺を歩いている聖徳太子のイメージを持って、その寺を歩くとき、わたしたちがやっていることは「ポケモンGO」だろう。ただわたしには端末が要らないのである。そこを歩いている太子のイメージをわたしは描くことが出来る。歴史は、平板な現実に深層を加えて、多層的な現実を創る。過去、現在、未来という区別はどんなに言い張っても幻想である、とアインシュタインは言ったが、永遠の相の下で、時間を重ねた空間を四天王寺に視て、わたしは歩く。圧倒的な豊かさが押し寄せる。過去の人物が、銅像になっている。わたしたちは、イメージがそこに具体化されているのを見る。こんなふうに彼もこの場所に立っていたのか、と。これがポケモンGOだろう。見えにくいものを見えやすくするために、銅像やポケモンGOなのだろう。心の豊かさが叫ばれるが、それはイメージの豊かさに他ならない。イメージとは魂のことであり、この世界の半分である。わたしたちは伝えるときに比喩を使用することがある。その方が、相手にダイレクトに伝えることが出来るから。厩戸はイメージである。豊聡耳は、イメージである。伝承で描かれる荒唐無稽な話、神話のような話は、イメージとして理解することが出来る。それは、嘘話ではない。合理思考絶対主義のメガネにそう見えるだけである。かつて、キリストやノアの箱舟の話は虚構とされたが、結局は考古学的に証明される結果となった。ずっと人々が信じてきたことを覆して、結局は、その覆した啓蒙理性主義が間違っていた、狭いメガネだったのである。同じように、近代には、夢などというものは、迷信であるとして、低く評価され、破棄された。しかし、実際には、夢には機能があり、それには深い意味があることを、深層心理学が明らかにした。夢は、神話を産み出した人間の本能のコトバであり、それは、長い間、大事にされてきた。それを近代になって否定した後に、再びその評価を高めたのである。梅原猛は、合理的な線で、他説の問題点をあげていく。太子の著書をしっかりと読まずに、太子の著書ではないと断定しているものもあるし、荒唐無稽な話があるとそれだけで嘘であると判断する非科学的な態度も見られる。三経義疏、十七条憲法、冠位十二階などを、梅原猛は読み込んでいく。そして、そこに統一性と独自性を見出す。梅原猛は、聖徳太子の実像に迫っていく。それは破天荒とも言える、圧倒的な才能を持った政治家、文化人の姿であった。死後100年程度で書かれた日本書紀が、時の権力者の手が入っているとは言え、わずか100年で嘘ばかり書く訳がないだろう。日本書紀に記されている太子の事績、十七条憲法の策定、冠位十二階の制定、遣隋使派遣、三経義疏の執筆等はそのまま事実である可能性が極めて高い。日本書紀自体が、国記・天皇記といった太子と蘇我馬子によって編纂された歴史書を流用しているのも間違いないだろう。天皇を中心とした官僚国家、日本建築の礎は、聖徳太子によって築かれ、その後の政治は、これを受け継ぐ形で、より理想を抑えて、現実的になっていったものである。聖徳太子が日本札に描かれたのも至極当然のことである。建国の父なのだから。わたしは老子を好む、釈迦も好きだ、キリストやマホメットも素晴らしいと思う。カメハメハ大王やリンカーンも好きだ。しかし、日本には太子がいるではないか。わたしはこのことが、大変心強く思われる。憲法改正について現代では話題となるが、この機会に太子の十七条憲法の精神をとくと読み込むのも面白いと思う。当時の中国や朝鮮、隋や高句麗や百済や新羅に比べて、文化的に低く、豪族の集まりでしかない倭を、日本国にする。他国との外交によって、文化輸入、仏教を隆盛し、寺と塔を建てシンボルとし、憲法を策定する。徳と能力によって評価する冠位制度を構築し、天皇を中心とした律令制とする。歴史書を編纂して、国家の基盤を強め、経典の注釈書によって日本初の著書を著し、寺で講釈する。高い理想を掲げた建国の父であり、亡き後に、人々が聖徳太子と呼び、彼に救世主元型を投影して、高く崇め、次第に釈迦やキリストの伝承と重なっていく流れに、むしろ真実の響きが聞き取れる。法隆寺の圧倒的に美しく品格ある仏像の意味もわかってくる。現代では、彼自身さえ超えて、日本人の生きた神話となっており、わたしたちの立脚する深層であり、理想であり、わたしたちの魂を代表する象徴となっている。そのようなイメージとして実在する聖徳太子像は、既にして虚構ではないばかりか、実際にそのような投影を受けるに値する建国の父、優れた男が存在していた事実に拠っているのである。梅原猛の「聖徳太子」は、状況を全体的に把握しようとする、文献資料に立脚しており、高い説得力を誇っている。書物自体としても面白い。「聖徳太子」について書かれるもので、向こう100年、これを超えるものが執筆されるとは思えない。それくらい、才気に溢れた男が把握した全体性であり、執拗な思弁であり、細心の注意が払われた書物であり、普遍性を帯びているとわたしは思う。見事な人間の把握がここにある。

聖徳太子と夢

太子死後22年にして、一家が凄惨な滅亡を遂げたとき、多くの民が聖徳太子の夢を視たことと思う。現代では、多くの人間の夢に芸能人、スター、カリスマが現れるのと同じように。それらの夢のいくつかは、荒唐無稽とされている文献に残った太子のイメージに取り入れられているに違いない。愛馬、黒駒に乗って、天を飛び富士山に行き、すぐに帰ってきたという夢、神話、イメージは、本能に直結した力、つまり才能を持った男が、死の世界の入口と考えられていた山、それも日本を象徴する大きな山に入り戻ってきたという話であり、シンプルな英雄神話である。一度に多くの人間の話を聴き分けたというのも、朝鮮三国のそれぞれの話に耳を傾けることが出来たということもあるかもしれないし、政務において、異なる主張すべてに耳を傾けた上で事を為すことが出来た器の大きさを表すかもしれない。十七条憲法には、仏教、儒教、道教などの智慧がちりばめられているが、それら、異なる知識を総合し得たことをイメージで語っているのかもしれない。驚くべき理解力と智慧を持った男だったということであろう。晩年の太子が、ホームレスを見て哀れに想い、自らの服をかけてやって、埋葬したが、あとで見に行くとホームレスの姿が跡形もなく消えていた、というものがあるが、太子は高い理想を掲げた人物である、そういう彼の夢やビジョンとして、ホームレスが現れるということがありそうだ、とわたしは思う。高い理想を引き下げるために、無意識は、ホームレスの男を表現するだろう。服をかけてやるのは、太子とホームレスの男の同一性を示唆しており、餓死する浮浪者は、聖徳太子の影ではないか。外に向かって高まれば、内面には低いものが生じてくるだろう。理想の高さが、一方では太子を低くせしめる、ということを予期しているかのようである。晩年の孤独、夢殿へのひきこもり、一家滅亡というシナリオを、このエピソードはそれとなくイメージによって表現していないだろうか。高い理想を持つ人間にとって、低く這いつくばり空腹に苦しむホームレスは、激しく心惹きつけるものであるのは確かである。それはあまりにも離れているから。無意識がそこに橋をかけようとするから。圧倒的な功績と共に、内面に貧しいものが生じていた。それは、太子の孤独かもしれない。このようなことは、太子の心情としてありそうなことである。彼が夢殿で、金人に会って教えを受けたというような話は、夢の話としては、あまりにもよくあるものである。人類の有名な発見が夢からヒントを得たというようなことは古今東西、古くからある。個人的な体験やユング心理学に接した経験から言っても、これは、驚くに当たらないことである。無意識が意識より一歩先んじており、無意識との接触が多い人間を天才と言うのだから。聖徳太子一家が、斑鳩寺で兵に囲まれ、一族全滅の凄惨な事件が起きたとき、寺を囲む人々は、上空を飛んでいく天女を目にしたとの記載が、日本書紀、その他の文献に在る。このような集団的幻視はありうるだろうか。音楽も聞こえてきたと言う。そのような幻視、幻聴はおそらくありうるかもしれない。あまりにもむごたらしい一家の全滅時に、このようなイメージが湧きあがるのは、深層心理的に当然に思える。聖徳太子の輝かしいストーリーの中で、この一家全滅の凄惨な出来事を置いたとき、それは自然に心に湧き上がってくると思われる。最高レベルの文学者が、聖徳太子の生涯の物語を執筆したとしたら、ラストの場面は、おそらく、作家自身をも超えて、超現実的なイメージが生じて、それによって真実が表現されるだろう。日本書紀の記載は、伝説や大げさな比喩ではなく、夢見るように自然に生じた、優れた真実の表現である。民というのは、専門家よりも優れた嗅覚を持っていることがある。伝説や伝承による信仰は、愚かなものではなく、そこに内的真実を嗅ぎ取っているから生じるのである。恋愛している時は、相手が美しく見えるだろう。そこに、永遠の異性像が、つまりイメージが重なるからである。夢やヴィジョンやイメージを虚構として退けるのは、時代遅れな態度となっていくだろう。イメージの過小評価は、魂を傷つける。それは、大きな反動となり、世界中に破壊を起こす原因となるだろう。イメージは、自律的に心の深層から生じてくる。それは植物にも似ている。このようなイメージの木の伐採は、内的自然破壊である。森の破壊と同様であり通底している。抑圧されたイメージは、やがて暴れる力となって世界を駆け巡るだろう。ヒトラーの例を持ち出すまでもなく、イメージと象徴は、物質的現実に強い影響力を持つ。イメージを真剣に取り扱い、物的現実と比肩するものとして扱うことが必要である。ユングの友人に作家のヴァン・デル・ポストがいるが、彼の著作は、「戦場のメリークリスマス」の原作となったものであり、ユングに深い影響を受けた一人であるが、ユングが死去した日、ヴァン・デル・ポストは、アフリカよりの船旅をしていた。船室でまどろんでいると、思いがけないヴィジョンが生じた。彼は雪に覆われた山々に囲まれた谷間にいた。突然、山の頂きに、太陽の光を受けたユングが現れた。彼は、そこに立ち止まり、ヴァン・デル・ポストに向かって手を振り、「そのうちにお目にかかりましょう」と言い、山陰に消え去っていった。その後、ヴァン・デル・ポストは眠りに落ち、翌朝目覚めたとき、ボーイの運んできたニュースによって、前日にユングの死んだことを知ったと言う。この幻視は、嘘だろうか。わたしにはそうは思われない。良心的に細心の注意を払って、このような例を集めようと思えば、人類の歴史の中に山積しているものとわたしは思う。ただそれを包含し、定位する視点と哲学を現代は欠いているのだと思う。ヴァン・デル・ポストのような作家が、このような嘘を語るとは思えない。このエピソードは、我が国の第一級の文化人でもあった河合隼雄の著作「ユングの生涯」に含まれているので、ご興味ある方は一読することをおすすめする。非常に面白い、有益な本である。近い内に、太子が闊歩した法隆寺を訪ねたいと思う。梅原猛の渾身の仕事「聖徳太子」によって、実在とその事績を確認することが出来た。更には、我が国の聖徳太子神話は、まことに見事であり、人々の心を長年に渡って支えてきた。荒唐無稽と思われる伝承や伝説も、今後、より高い主観によって、捉え直され、新たな視点を開き、意味を深くしていくことと思われる。

聖徳太子

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